COLUMN
JUAスタッフによるコラム

『あなたに会えてよかった』
JUAスタッフが観たり聴いたりしたものの感動興奮感想をお福分け。
イギリスの劇作家、アラン・エイクボーンによる舞台『あなたに会えてよかった』を、三越劇場で観劇した。この劇場は、百貨店の中にあるという珍しい立地にあり、1927年に「三越ホール」として開場。歌舞伎などの古典芸能から、新劇の劇団公演に至るまで、多彩な演目が上演されてきた歴史を持つ。昨年は、この劇場でアガサ・クリスティ原作の『ホロー荘の殺人』を観たが、野坂実さんの演出が実に素晴らしかった。そして今年、同じく野坂さんの演出による本作が上演されると知り、足を運んだ。
物語の舞台は2014年、ロンドンの高級ホテル。金髪のウィッグにオーバーコートという装いの娼婦・プーペイは、瀕死の初老男性リースに呼ばれ、スイートルームを訪れる。しかし、彼女に課せられたのは単なる“奉仕”ではなかった。リースが彼女を呼んだ真の目的は、自身の助手・ジュリアンが過去に二人の妻を殺害したことを自白し、その事実を証言してもらうことだったのだ。
プーペイはその自白書を手に部屋を出ようとするが、ジュリアンに気づかれ、命を狙われる。咄嗟に彼女は、スイートルームにある連絡用のドアの向こうへと逃げ込む。すると、そこに広がっていたのは、なんと、1994年の同じ部屋。そこにはリースの二番目の妻、ルエラの姿があった。やがてプーペイはさらに時間をさかのぼり、最初の妻・ジェシカとも出会うこととなる。三人の女性たちは、それぞれの人生における悲劇の真実と向き合いながら、奇妙な時空の交錯のなかで、運命に立ち向かっていくのだった。
ひとつのホテルの一室を舞台に、ただ一枚の連絡用ドアを介して三つの時代を行き来するという構造。この設定に、「Communicating Doors(通じ合う扉)」という原題がぴたりと重なり、深く納得させられる。そして、それを『あなたに会えてよかった』という邦題に置き換えたセンスも秀逸だった。出会うはずのなかった三人の女性たちが出会うことで生まれる、あたたかくも切ないラスト。その余韻は、途中のドタバタな展開に大笑いしながらも、思わず涙を誘われるような感動となって胸に残った。
舞台は終始、ホテルの一室という限られた空間。場面転換もなく進行するにもかかわらず、観客を飽きさせることなく、笑いあり涙ありの展開を見せる巧みな演出は、まさに見事というほかない。そして、六人のキャストの演技もまた印象的だった。主演の紅ゆずるは、宝塚時代からコメディエンヌとして知られてきたが、個人的には、シリアスな芝居で見せる“狂気”や“苦悩”に、より強く惹かれた。また、ジェシカ役の綾凰華と、ルエラ役の珠城りょうも宝塚出身。活躍していた時代は異なるが、どこか呼吸の合ったやり取りには、同じ環境で学び培った“連帯感”が感じられ、それが作品内の登場人物たちの関係性にも自然に重なっていた。
物語の終盤、三人の女性たちは“男たちを片付けた”のち、また会う約束を交わす。その別れ際、ルエラがプーペイに「まだこの仕事を続けるの?」と尋ねる。プーペイは、「頭がいいわけでもない」「これしかできない」といった言葉を残し、それぞれの時代へと戻っていく。しかし、去り際のルエラの表情には、何かを決意したような含みがあった。明言されることはないが、1994年のルエラが起こした“何か”が、2014年のプーペイの運命を変えたのだ――観客は皆、それを悟り、そして静かに涙を流すのだった。
あなたに会えてよかった――(ロメロ)